コラム【実録 支援の現場!】

自殺

相談者:50代 教員「本気で飛び降りようと考えていました」 相談者:50代 教員「本気で飛び降りようと考えていました」

Aさんの職業は教師だ。ある女性との間にトラブルが生じ、誰にも相談できない状況下、精神的に追い詰められ、自殺することを本気で考えていた。
通勤路の途中に、自殺者が多いことで知られている巨大な橋がある。車でそこを通る度に、橋から飛び降りる自分の姿をイメージした。
そんなAさんの様子がおかしいことに気づいた知人が、「もし必要だったらここに相談してみるといいよ」と日本駆け込み寺のことを教えてくれた。Aさんは、飛び降りるのは相談してからにしようと、うちの事務所に駆け込んできた。

「すべて私が悪いのですが・・・・・・」
Aさんには妻と息子(大学生)がいる。教師生活も長い。
半年前、好奇心から出会い系サイトを利用し、30代前半のB子さんと知り合った。初めて会ったその日にホテルへ。Aさんにとっては、まるでドラマのような展開だった。
B子さんとは、その後も度々食事をしたりホテルに行ったりする関係に。数万円のバッグもプレゼントした。

B子さんに違和感を抱き始めたのは、彼女がプレゼントを積極的に要求するようになってきたからだ。会う度にブランド品をねだられる。ショッピングサイトに掲載されている高級アクセサリーのURLをLINEで送ってきて、「これ欲しいな」と書かれていることもある。
そのような要求が回数的にも金額的にもエスカレートしていったが、B子さんを手放したくないAさんは、彼女の言いなりだった。この半年間、ねだられるままに買い与えてきた。

1週間前のこと、B子さんは20万円のブランド品のバッグを要求。初めてプレゼントしたバッグの約十倍の金額だ。
Aさんが妻に内緒で使えるお金には限界がある。こんな状況がこれからもずっと続くのだろうか。思わずB子さんに「もう勘弁してほしい」とLINEで伝えた。帰ってきたメッセージは「私との関係を奥さんや学校に知られてもいいの?学校の先生が浮気してるなんてバレたら、仕事は続けられないよね」だった。
Aさんが「それはやめてほしい」と伝えると、「じゃあ買って。お金がないなら借金すればいいでしょう」。まるで昭和のドラマのような展開だった。

「B子さんは、Aさんの職場、つまりお勤めになっている学校のことを知っているのですか?」と私は質問した。
「はい。お恥ずかしい話なのですが、彼女と初めて会ったとき、自分のことを信用してもらうため、教師であることを話してしまったんです。学校名も・・・・・・」
世間知らずな先生だな、と思う。「教師」というイメージを利用し、信用できると思われれば、B子さんと深い関係になれるかも──と期待したのだろう。
「どうやらB子さんはとても美人、あるいはAさんの好みの女性だったんですね。私も男なので、一応同情できますが」
「そうなんです。お恥ずかしいのですが・・・・・・」
Aさんは正直にうなづいた。
「B子さんにはご自宅の電話番号も知られてしまっているのですか?」と私。
「はい。実は妻が自宅で語学教室をやっているのですが、私が以前SNSにその写真を投稿したことがありまして。B子さんはそれを見つけて私の自宅を特定してしまったんです」

この日、AさんのスマホにはB子さんからの着信が30回以上あり、20万円のバッグを要求するLINEのメッセージが何回も届いていた。Aさんは電話には応じず、LINEにも返信していない。現実から目をそらしている状況だ。
「LINEに、妻や学校にバラしてやる、と書いてありますが、どうすればよいのでしょう?」
Aさんは、いますぐ橋の上から飛び降りてしまいたい、という表情になった。
「そうですね。B子さんより先に私がバラしてしまいましょうか」と私は提案した。
「は?」
不可解な顔のAさんに「作戦」の内容を説明すると、「なるほど、そのような方法がありましたか」と理解し、少し落ち着きを取り戻してくれた。

まずは、その場でAさんから妻に電話をしてもらった。そして私に代わってもらう。
「日本駆け込み寺という団体の者ですが」と最初に団体の説明をしてから本題に入る。
「実はいまご主人から深刻な相談を受けておりました。奥様、驚かないでください。ご主人、SNSで知り合った女性の悩み相談を聞いていたところ、その女性は精神的に不安定な方のようで、ご主人に一方的に好意を持ち、ストーカーのようになってしまったそうです。1日に何十回も電話してきたり、LINEで一方的なメッセージを何度も送り付けてきたり。ご主人のSNSを隅々までチェックしたり。もしかしたら奥様にも嫌がらせの電話をかけたりするかもしれませんが、くれぐれも相手にしないでください。何を言われても聞き流してください。ご主人は善意でその女性の悩み相談にのってあげたのに、皮肉にもご主人が悩むことになってしまいまして・・・・・・」
Aさんの妻は最初は驚いていたが、私の話を理解すると、「そういうことでしたか。主人は真面目すぎて脇が甘いんですよ」と呆れたような声で言った。

次に私は、Aさんに以下のことを指示した。
「明日、職場の上司に、先ほど私が奥さんに話したのと同じように、SNSで知り合った女性にストーカー行為を受けていて、自分ははっきり拒絶しているが、学校まで電話をしてくるかもしれないこと、もし本当にそうなれば、職場に迷惑をかけるかもしれないが、この件は妻も知っているし、日本駆け込み寺という団体に相談していて、もう少し時間がかかりそうだが、解決に向かっている、ということを伝えてください。
これでB子さんが本当に奥さんや学校に電話してきても、致命的なダメージにはならないはずです」

Aさんはその後もB子さんからの電話やメッセージに反応しなかった。数日後、しびれを切らしたと思われるB子さんが動き出した。
その日、彼女はAさんの勤め先の学校に電話をかけ、「Aさんは私と不倫している!Aさんは私を裏切った!Aさんは私から逃げ回っている!」など、あることないことまくし立てた。
しかし、事前にAさんが上司に報告していた結果、職場では「Aさんがストーカー被害にあっている」という情報共有がなされていたので、電話を受けた教員は「そうですか。Aに申し伝えます」と淡々と受け答えた。
次にB子さんはAさんの妻にも電話をかけて、同じようにあることないことまくし立てた。Aさんの妻も内心は非常に不愉快だったが、淡々と対応したという。

その夜、駆け込み寺の事務所でAさんと話し合うことに。B子さんの嫌がらせがエスカレートするのでは、と不安になっているAさんは、いますぐ橋の上から飛び降りてしまいたい、と思っているときの例の表情だ。
「大丈夫ですと。それでは『作戦』の通り、今度は私から電話してみましょう」
Aさんと、「作戦会議」をしてから、事務所の電話をスピーカーホンにして、B子さんの携帯番号をプッシュする。これでAさんは、私とB子さんとの会話を聞くことができる。
電話がつながった。
「はい」
見覚えのないナンバーからの電話に、B子さんは警戒している様子だ。
「突然すみません」と私は言い、日本駆け込み寺の説明をする。
「実はAさんの件でお電話いたしました。Aさんのこと、ご存じですよね?」
「知っていますけれど、ご用件はなんでしょうか?」
B子さんの声が不愉快そうなトーンになった。
「誤解しないでほしいのですが、私はAさん側の人間としてご連絡したわけじゃありません。今日、Aさんい、B子さんとの経緯を聞かされ、いろいろ相談されたのですが、私には納得できないことがありまして、B子さん側の意見やお気持ちをお聞きしたいと思いました。失礼ですが。Aさんの職場とご家庭にお電話したというのは本当でしょうか?」
「・・・・・・はい」
「そうでしたか。想像するに、B子さんとしては、そのような電話をかけざるを得ない、そういうお気持ちだったのではないでしょうか」
「そうですよ。Aさんに電話してもLINE送ってもスルーされ続けているので、職場に電話するしかないじゃないですか」
「お二人はお付き合いしていたんですよね。職場や奥さんに電話したくなるのは当然のことですよ」
「Aさんに裏切られたと思っています」
「私がB子さんだったら同じ気持ちになります。で、ここでひとつ心配なことがあるのですが、明日、AさんはB子さんのストーカー行為を警察に行って相談すると言っています」
「私はストーカーじゃありませんけど!」
「ストーカーの意識はなかったと思いますが、B子さんが学校と奥さんに嫌がらせ的な電話をした、という事が、ストーカー行為にあたると判断されてしまうかもしれません。でもそれはおかしな話です。つらい思いをしているのはB子さんのほうなんですから」
「・・・・・・・・」
「この電話の最初に『私には納得できないことがありまして』といったのは、そのことです。なぜB子さんがストーカーのレッテルを貼られ、警察に目をつけられなけれならないのでしょう?私は、明日啓作に行くと言っているAさんに考え直してもらいたいと思います。この電話を切ったあとAさんに電話します。だからB子さん、今後はストーカーだと誤解されてしまうような行為は控えてほしいのです。私からのお願いです」
「・・・・・・わかりました。もうしません」
「Aさんに何か伝言はありますか?」
「約束を守ってほしい、と伝えてください」
「約束?」
「Aさんは、私と別れる条件として『30万円出す』と言ったんです」
「30万?」
Aさんからは聞かされていないことだった。目の前にいるAさんの顔を見ると、バツの悪そうな表情をしている。
「30万の約束を守ってくれれば、今後、二度とAさんには関わりません」
「わかりました。Aさんにはそう伝えればいいのですね」

電話を切ったあと、Aさんに「30万」の意味を確認する。
「以前、B子さんのプレゼントの要求に耐えられなくなって、後先考えずに『30万円出すから別れてくれ』というメッセージを送ってしまったことがありました。すみません」
「手切れ金ということですか。つまりB子さんはいまの電話で『30万円と引き換えに別れてあげる』というようなことを言っていたわけですね」
「30万円払います。もし今後も彼女の嫌がらせが続いたら、私は妻も教員の仕事も失うことになるかもしれません。それを守れるのなら、30万は安いものです」
「30万円、用意できるのですか?」
「なんとかできます。でも、それが限界です」

Aさんと改めて「作戦会議」をしてから、私は再度B子さんに電話をした。
「いまAさんと電話で話しましたが、警察に行くのをやめるそうです。そして先ほどの『解決金30万円』の件も確認しました。申し上げにくいのですが、いまのAさんの経済状況では30万円は難しいそうです。15万でしたらすぎに送金できると言っていますが」
「話が違います!『30万』というLINEのメッセージがちゃんと残っていますから」
「そうですよね。私がB子さんだったら同じ気持ちです。30万が無理なら、例えば20万くらいを提示してくるのがスジですよね」
「20万でも約束が違います」
「ですよね。わかりました。もう一度Aさんに確認してみます。で、Aさんがどうしても30万を出せない、ということでしたら、私はB子さんの期待に応えられないので、この件から降ります。そのあとはAさんに直接交渉してください」
「あっ・・・・・・だったら20万でもいいです。でも15万では納得できません」
「わかりました。そのお気持ちをAさんに伝えます。で、ここで提案なのですが、もしAさんが『20万円』を了承した場合、お金の受け渡しは弁護士を通して行うことにしてもいいでしょうか?」
「それはなぜですか?」とB子さんの声が緊張した。
「B子さんを守るためです。AさんはB子さんのことをストーカーだと決めつけて警察に相談しようとしたんですよ。そのような状況下でAさんから個人的に現金を受け取ったら、後日Aさんに『恐喝された』とか言いがかりをつけられるかもしれません。それが心配なんです。だからそんなことにならないように弁護士を間に入れませんか。もちろん費用はAさん負担です」
「わかりました。約束を守ってくれるのなら、それでもいいです。お任せします」

電話を切ったあと、私はAさんに伝えた。
「駆け込み寺でお世話になっているC弁護士がいます。近日中にその先生の事務所に行って、今回の経緯をすべて話してください。そして解決金に関するアドバイスをもらってください」
そして私は最後に言った。
「駆け込み寺にできることはここまで、です」

次の日、AさんはC弁護士の事務所を訪れた。その結果、C弁護士が代理人となり、「男女関係解消」を確認する念書を作成し、B子さんに送付、数日後、署名捺印された念書がC弁護士に返送されてきた。
Aさんから預かった20万円を、C弁護士からB子さんの口座に振り込んだ。それでB子さんからの連絡やストーカー行為は完全に止まった。そのことを職場にも報告した。
Aさんが支払うと覚悟していた手切れ金は30万円。実際に支払ったのは20万円。弁護士費用は約5万円だった。

それから約1週間後、Aさん夫妻が菓子折りを持って日本駆け込み寺にやってきた。弁護士を通しての手切れ金のことは妻も知っている。ただし妻には「ストーカーと縁を切るための解決金」と説明してある。
「主人は本当に真面目すぎて、世間知らずで、騙されやすいんです。だから今回のようなことに巻き込まれてしまう。この度は本当に助かりました。どうもありがとうございました」
「いえ、今回の件を実際に解決したのは、ご主人ですよ」と私は言った。
「ご主人が一人で弁護士に相談して、相手と交渉して、解決に導いたんです。駆け込み寺は、最初に少しアドバイスして、そのあとは見守っていただけですから。さすがご主人ですねえ。生徒さんにも尊敬されているのでしょうね」
「いえいえ」とAさんは首を振りながら複雑な顔をする。
Aさんの妻は、実は何もかもわかっているのかもしれない、とも思う。しかし、それはそれとして、問題は解決したのだから、最後はAさんに花を持たせてあげたい。そこには、この夫婦の関係がぎくしゃくしないように、という願いも含まれている。

今回の問題の発端となったAさんの不貞行為を見過ごしてはならない、という考え方もあるだろう。
けれども、その前に誰かが、橋から本気で飛び降りることを本気で考えているAさんの気持ちを切り替えてあげる必要があった。行動を起こすきっかけを作ってあげる必要があった。最優先にしなければならないのは、いつでも、どんなときでも「命を守ること」だ。
日本駆け込み寺はいつもその「誰か」でありたい。

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