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中島一茂:国分町駆け込み寺 支部長 就任のご挨拶

2012月10月20日

≪国分町駆け込み寺 支部長 就任のご挨拶≫

2011年、東日本大震災発生から約3か月後、私は日本駆け込み寺の玄秀盛代表に弟子入りしました。とはいっても、当初は正式な弟子ではなく、玄代表からは「志願兵」と呼ばれていました。

志願兵=ボランティアです。自分の強い意志で駆け込み寺という「軍隊」に入りました。最初の数か月間は無給でしたが、駆け込み寺の常駐スタッフとして毎日活動しました。玄代表から多くのことを学びました。

それから約1年半になりますが、志願兵は一等兵になることができたでしょうか。上等兵に近づくことができたでしょうか。

現在の私は自称「衛生兵」です。戦争映画などを観ていると、赤十字マークのヘルメットをかぶった衛生兵が登場することがあります。戦場で兵士が倒れたら応急処置をする。死にそうな人間を、死なないように手当てをして、野戦病院に送る。

駆け込み寺における自分の役割は、まさしく衛生兵です。「人生」という戦場の中で、死にたいほどつらい悩みを抱えている相談者。そのような人々が死ななくてもいいように解決策やヒントを与える。さらに必要であれば、専門の行政機関や支援団体に導く。

駆け込み寺に駆け込んで来る相談者の中には、この時代・この社会の前線で戦い、心に重傷を負ってしまった人々がたくさんいます。思わぬ地雷を踏んで、一歩も前に進めなくなってしまった人々がいます。トラブルに巻き込まれて、まるで流れ弾に当たってしまったような苦痛を抱えている人々や、いますぐ避難できるシェルターを求めている人々がいます。

玄代表と駆け込み寺スタッフは、連日、そのような「負傷兵」たちに応急処置を施しています。相談者を救うためには、その人の心に注射針を刺さなければならないときがあるし、魂にメスを入れなければならないときもあります。しかし、駆け込み寺には麻酔薬がない。そんなとき、玄代表はどうしているのでしょうか。

玄代表は、麻酔薬の代わりに「愛」を使っています。それが玄代表の主義(玄イズム)であり、駆け込み寺のキャッチコピーである「たった一人のあなたを救う」を実現させる最も重要な手段です。

今回、玄代表から、国分町駆け込み寺の支部長に任命されました。私は玄イズムをしっかり受け継いで、相談者と向かい合います。そして、これからもそのスタイルを守り続けていきます。その場所が国分町であっても、歌舞伎町であっても。

駆け込み寺にはあらゆる内容の相談が寄せられますが、特に家庭内暴力、DV、児童・高齢者虐待など、暴力をともなうシリアスな問題が多い。モラルハラスメントと呼ばれる精神的な暴力(サイレントバイオレンス)の相談も増えています。最近、私が特に注目している問題のひとつが、このモラルハラスメントです。

皆様のご期待に応えられるよう、精一杯務めたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

2012年10月21日
国分町駆け込み寺 支部長 中島一茂

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中島一茂
1968年生まれ。埼玉県出身。子供の頃から本が好きで、20年以上、出版業界で本作りに携わる。そのかたわら、防犯パトロールや自殺防止、不登校・ひきこもり・発達障害の若者支援などのボランティア活動に取り組んだ。ある時期、境界性パーソナリティ障害を抱える人に関わり、人生観が劇的に変わる。そのときの経験を通じて、世の中には目に見えない悩みごとや問題を抱えている人々が実は大勢いる、ということを知る。使命のようなものを感じ、2011年、出版の仕事を辞め、以前から尊敬していた玄秀盛代表に「志願兵」として弟子入りし、一般社団法人日本駆け込み寺のスタッフになる。

 

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