経験をし、超える(ボランティアについて)

 

経験をし、超える

 

 

ある日、ここにふらりと訪れボランティアが、センターの掃除をしたことをきっかけに、街の掃除を始めようかと思う、と言ってきた。
最初は、「雨の日や、風の日はやめて、できる日だけする」と言うことだったが、どうせやるなら、一日も休まずにやってみたらどうかと勧めた。

そのときの、俺の言葉は「一年やってみ。一年やったら哲学が変わる」というものだった。
彼は、それを聞くと「そうですね」とうなずいて帰り、それから、毎朝5分でもと掃除を始めた。最初は家の前を掃除しはじめた。

 

そのうち、ひとり、ふたりと、「ごくろうさま」と声をかけられるようになる。
そして、そのささやかな活動は、やがて、歌舞伎町の大きな清掃活動の一員として広がりを見せ、彼の周りの人の輪ができていき、そして、今日まで掃除は続き、今度、千日を数えるそうや。
彼にとっての千日回峰やな。

 

彼の場合、今は歌舞伎町振興組合の一員として、街のために毎日活動している。
ほかにも、毎週ボランティアに来てビラ配りをしている人、毎月名前も告げずに募金をしていく人、やはり毎週夕暮れどきに、ウィンドブレーカーを借りにきて、黙々とセンターの前のごみを拾い、帰っていく人もいる。
みんな、なんの見返りを求めるわけでもなく「淡々」や。
俺にローンがあるわけでも、借りがあるわけでもないのに、頭がさがるよな。
ああ、俺は、この人たちの気持ちを無にせんために、歌舞伎町駆けこみ寺をやって行こう、とまた気持ちを新たにするわけや。

 

最近のインターネットの発達した情報社会では、誰もが情報を先取りし、結果を検索し、あたかも、「やったような気」になり、「行ったような」気になる。

「毎日掃除? あほくさ。それやって何になるの?」 そう思うかもしれん。
「毎日掃除? あほくさ。それやって何になるの?」 そう思うかもしれん。
「ビラ配り? そんなことやって、どうするの? 金が儲かるわけでもなし」

そう、かもしれん。そんなことをやっても、きっと、目に見える見返りなんひとつも得られんやろな。

 

でも、日差しの気持ちのよさ、風雨の冷たさ、やり終えたときのすがすがしさは、やったことのある者にしかわからん。365日という日々がいったいどれだけの長さ、重さがあるか。

それもまた、やり続けた者にしかわからんと思うんや。一見、何の役にたたないと思える経験が、目に見えない形で、自分が困難なときに支えてくれる。経験の蓄積。それは、つまり自信だと思う。

 

そして、経験として体を動かすと、もうひとつ、とても大事なことがある。五感が磨かれ、本能が働いてくる。本能が、その人に正しい選択をさせる。

 

とにかく、体で経験をする。そして、それを超える。
よし、と決めたら、一年はやり続けてみることや。哲学が変わるはずや

 

 

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